顧客価値『2010年8月号Way To The Top』より
月額2万円の少額取引でも、その取引が数十年に及ぶ場合には1千万円を超えることもあります。小さな取引と馬鹿にする必要はないのです。むしろ新規の単発の300万円の取引(実は利益率が低い)よりも重要なのです。
今回は、顧客の生涯価値について考えてみます。
生涯価値
顧客の生涯価値ということを考えたことはあるでしょうか。
たとえば、当税理士事務所であれば、月額26千円の顧問報酬で契約したとすると、26千円×16ヶ月(決算料4ヶ月)=年間416千円の売上となります。この顧客は飛躍的な業績も無かったが、幸いにも30年続いたとすれば、416千円×30年=1,248万円の生涯価値を持つ顧客ということになります。税理士業の場合は、取引が排他的で2つ以上の税理士と契約するということは稀です。顧客の税務経理のシェアーを100%受注するというスタイルなのでこのような計算が可能となります。月額が26千円という少額な取引でも、税務会計シェアーを100%を受注することで、生涯価値が1,248万円なります。ただ税理士業務は労働集約型のサービス業ですから、この金額はあくまでも売上で、ここから人件費が出ていくことになるのですが・・・。
このような生涯価値という考え方は、税理士業に限ったことではありません。例えば、車の販売を行っている会社が、25歳の男性に300万円の車を売却すると、利益率が20%だとして、60万円の利益となります。この顧客が5年毎に車を買い換えたとすれば、60歳までに7回買い換えることになります。収入や家族構成の変化から車が変わっていくものですが、仮に変化せずに300万円の車を購入し続けたとすれば、この顧客からの売上は300万円×7回=2,100万円になり、得られる利益は2,100万円×20%(利益率)=420万円になります。そして車の場合にはエンジンオイルの交換やタイヤの交換、車検などのメンテナンスからも利益を得られます。仮に年間5万円の利益を得られるとすれば5万円×35年=175万円になり、顧客の車に関するすべてのニーズをこの会社が満たすことでトータル420万円と175万円=595万円の利益を得られます。
もしもこのような顧客を100人確保すれば、35年間で5億9,500万円(1年あたり1,700万円)の粗利を得られることになります。たった100人の顧客を管理するだけですから、どれほどの従業員が必要でしょうか?社長一人でも可能かもしれません!つまり、粗利のほとんどが社長の給与となってしまうかもしれないのです。メンテナンスによる利益がオートバックスに取られると420万円×100人=4億2千万円(1年あたり1,200万円)になってしまいます。顧客の車の会社に対する忠誠心(ロイヤリティ)を維持することで、年間500万円も多く利益が得られることになるのです。
他にも書類保管業を行っている会社があったとします。この会社が法人顧客と月額2万円の保管料の契約を結んだとすると2万円×12ヶ月=年間24万円となり、この契約が30年続いたとすれば、24万円×30年=生涯価値が720万円となります。この書類保管業務は車の場合と異なり、排他的な継続業務となります。A書類はA会社に、B書類はB会社に保管を依頼することは、まずありません。つまりこの顧客の書類保管ニーズを100%を得られる契約を結んだということになります。
この書類保管を行っている会社が、オフィス環境の改善を事業領域としており、書類の保管業務がお客様のオフィススペースの有効活用を目的としたアウトソーシングであると認識しています。その他にもあるオフィスのニーズを満たしたいと考えています。具体的には新入社員や組織変更に伴うデスクや椅子、パーティションの新規購入や処分。電気工事やLAN設備工事などオフィスから発生するニーズの全てを満たすことができれば、たった一つの顧客の生涯価値はとんでもない金額になります。
顧客獲得コスト
新規の顧客の開拓よりも既存顧客の管理の方が容易であることです。
企業が新しい顧客を1件獲得するのに、既存顧客を1件維持するのに比べて、5倍のコストがかかるといわれています。その上、ほとんどの企業は既存の顧客を毎年25%も失っているといわれています。新規顧客に対する投資が過剰であり、既存顧客に対する投資が少なすぎるからです。(『ONE to ONE マーケティング』から)
情報収集
既存顧客の管理、自社シェアーを高めるために何を行えばいいのでしょうか?
それは情報収集につきるといえます。例えば、町にスーパーができる前を思い出してください。お買い物はその町にある雑貨屋さんみたいな商店に買いに行っていました。それもいつも同じところに、小さな町にあるたった数件の商店の店主は町の全てのお客さんやその家族のことを知っています。店主が少し考えれば、町内中の晩ご飯のメニューさえも知っているのです。
そんな店主の日常です。朝、珍しく佐藤のおばあちゃんが一輪車で大量の茄子を運んで店の前を通っていきました。10時頃にいつものように無愛想に中村家のおじいちゃんがハイライトを3箱買い、何も言わずにお金をおいて出て行く。ほぼ毎日、3時頃に子供たちが駄菓子を買いに来ます。いつもであれば最初に中村さん家の長男(ジャイアン)が先頭に3人の子分を引き連れてきて「ガリガリ君」を4個と30円のラムネを1個を買って店の裏で遊んでおり、その後に小学校4年生の佐藤家の次男(スネオ)が一人で来て、やっぱり人気の「ガリガリ君」と30円の「ラムネ」を1個ずつ買って、3軒となりの自分のうちに帰るのだが、この二人は決して一緒に来ることがない。つまり仲が悪いのだ。しかし、その日に限って佐藤家の次男が傷だらけで店の前を歩いていった後、やはり傷だらけのジャイアンがやってくる。店主は「喧嘩したのか!」と聞き、ガキ大将は「スネオのやつを泣かしてやった。」とぶっきらぼうに答える。そして案の定、佐藤家の祖母が薬を買いに来て、中村の爺の悪口を言って帰ろうとしたところに、店主が「塩買っていかなくてもいいの?」と声をかけると、「そうそう、漬け物を作っている途中だった。」と一袋買ってそそくさと帰っていく。という日常の一場面に商売のヒントがあるのではないでしょうか?
この商店の店主はお客さんを注意深く観察し、そして解らなければ尋ねてみるという誰にでもできることを確実に行っているようです。注意深く観察することで、店主は今日は塩が売れるかもと思い、一声かけることで実際に塩が売れる。子供たちに人気の「ガリガリ君」と30円の「ラムネ」はいつものように売れなかった。スネオが買わなかった理由を理解します。店主は限られた顧客の情報を頭の中で整理し商売につなげます。
古い時代のゆっくりと流れる時間の中での商売のやり方は、現代では通用しないのでしょうか?私はそうは思いません。大量生産、大量消費の時代であれば、顧客のことを考えなくても、他社と差別化した、素晴らしい自社商品・自社サービスを作ることができれば、勝利することができました。差別化できなければ少しでも安く提供するしかありません。
しかし現在の成熟化した日本においてはもう一度、基本に立ち戻ってみる必要があります。安売りは自らの首を絞めることになります。顧客の情報を集め、顧客の自社シェアーを引き上げることで、事業を拡大することが可能です。
情報の整理
店主が顧客情報を頭で整理する問題点は、店主にしかわからないことです。もし病気で倒れて、奥さんが代わりに店番をしていても、店主ほどには店の周りで起こっていることを理解できないでしょう。中小企業といえども社長の頭の中だけにあるのでは、町の店主とおなじで代替えが効きません。このような情報を中小企業が組織として管理することができれば、売上を伸ばすことができるのではないでしょうか。幸い頭の中で整理しなくても今はコンピュータを駆使することもできますし、中小企業であれば顧客カルテを作成して管理することもできます。
そして、私はむしろ紙での顧客カルテを推奨します。パソコンによる弊害は、パソコンの中にあるからいつでも見ることができるから・・。という理由で、結局誰も見ないということが中小企業で起きているように感じるからです。
飲食店や小売店と違い、法人顧客を取引先とする企業は得意先の基礎データ、取引履歴などがパソコンの中にあります。この基礎データに顧客からのフィードバックをプラスすることで、顧客の自社シェアーを高めることが可能です。中小企業は市場シェアーを高めることで市場に勝ち残れるはずがありません。しかし、市場シェアーを高めるような営業施策をとっていることあるのではないでしょうか?まず行うべきことは顧客の自社シェアーを高めることで、顧客の生涯価値を高めることにあります。